【第25話】 絵画史上最高の日曜画家 ルソー

クーニャ:みなさん、こんにちは。
アトリエクガニール広報部長のクーニャです。

ボクはこの前、通りがかりの人に「おじいさんですか?」と聞かれて、大ショックだったのニャ!
ボクは先日5月17日で2歳になったばかりのピチピチなのニャ。
マッタク!見る眼がないのニャ〜。
あの人は、クガニールで、見る眼を養ったほうがいいのニャ。



くー太:少し太りすぎではないでしょうか?
運動もほとんどされていないようですし・・。

クーニャ:そんなことはないのニャ!
ゴハンはちょこっとしか食べさせてもらえないし、部下のミンスケを獲物代わりに、毎晩、狩りの練習だってしているのニャ。
ほーら、ボクはこーんなにスマートなのニャ!!

くー太:うーん。残念ながらそれは妄想だと思います。

クーニャ:・・・・。
あ! 妄想で思い出したのニャ。
今日はみなさんに、愛すべき心象風景を描いた絵描きさんを紹介しようと思っていたのニャ。
その人は、171年前の今日(5月21日)、フランスに生まれ、絵画史上最高の日曜画家と言われているのニャ。

くー太:ほう!? どなたでしょう。どんな絵を描かれたのですか。

クーニャ:これは、「カーニバルの夕べ」(1886/42歳)。 傑作なのニャ!

くー太:この絵は、フィラデルフィア美術館で観た覚えがありますねぇ。
確か・・・ アンリ・ルソーさんじゃないでしょうか?

クーニャ:さすが クガニールのトリ締役、ミミズクの精霊 くー太さんなのニャ!

くー太:恐れいります。そんなに私を紹介しなくても、もうみなさんご存知かと思います。
ただ、ルソーさんの名前は知ってるけど、どんな方かはあまり知らないですねぇ。

クーニャ:この方がルソーさんです。

***
アンリ・ルソー(Henri Rousseau)は、1844月5月21日にフランス北西部の街、ラヴァルに生まれました。
父親は、ブリキ職人でしたが、不動産に手を出し、ルソーが7歳の時にルソー家は破産。
1863年、軍隊に入隊しますが、1868年、軍隊を抜け、パリへ移り、下宿屋の娘クレマンスと結婚。
1870年、最初の子供が生まれるも、翌年、死亡。
1871年、パリの入市税関に見習いとして仮採用され、翌年、入市税関史となりました。
***

くー太:ほう! 税関史ですか。うーん。絵には全く関係ないのですねぇ。

クーニャ:ボクのリサーチによると、ルソーさんは、ドウァニエ(税関史)・ルソーとも言われてるのニャ。
正確に言えば、ドゥアニエ(税関史)じゃなく、ガブルーって呼ばれる、入市税徴収員だったらしいのニャ。
この仕事は、パリの城門(市外から市内への門)で市外から酒や穀物などを持ち込む商人・農民から入市税を取立てたり、不審な人が市内に入らないよう見張ったりする、とっても大変なお仕事だったらしいのニャ。

くー太:それでは、そんな大変な仕事の合間に絵を描いてあったのですね。
それにしても、丁寧に描かれていますねぇ。

OKUAKI:ルソー作品の魅力のひとつは、とにかく丁寧に描ききっているということだよ。

クーニャ:ニャッ! またいつの間にか、オクアキ先生が来ているのニャ。

OKUAKI:ルソーは30歳を過ぎた頃、絵に目覚めたんだ。41歳の時(1885年)に、サロンに2点の作品を出品するが落選。翌年1886年から毎年アンデパンダン展に出品した。美術評論家は、こぞってルソーの作品を嘲笑する記事を書いたらしいけど、ルソーは気にするどころか、絵画への情熱をどんどん高めていったんだ。ルソーは親戚に絵描きがいて、少し手ほどきを受けたという話もあるけど、基本的に独学だから、他のプロの絵描きのようなデッサン力はない。しかし、イメージを現実に感じるほど思い込みが激しい妄想家だったのが、結果として、プラスに働いたんだね。 イメージ力の勝利だね。

クーニャ:オクアキ先生は、ボクの言うことを取っちゃいけないのニャ!

くー太:他にも作品を見せていただけますか。

クーニャ:これは、「フットボールをする人々」(1908/64歳)ニャ。

くー太:これは、スポーツしてるのに、何か不自然ですねぇ。
大体、フットボールは、足で蹴るものでしょう。これは、まるでラグビー※ですよ。
(注:この時代のフットボールは、手も足もOKでした。後に、今のラグビーとサッカーに分かれました。) 
それに、後ろの人は・・・・ボクシングをしてるんでしょうか?
うーん、どうしてこんな不可思議な絵を描いたのでしょう?

クーニャ:フットボールは、当時イギリスで生まれ、フランスに伝わり、大流行したのニャ。
ルソーさんは、お散歩中に見た光景を、絵にしたのニャ!
オクアキ先生、いったい何で、この絵は不思議な感じがするのかニャ?

OKUAKI:スポーツをテーマとする場合、表現のポイントは、「動き」。
しかし、ルソーが描く選手たちはみんな、「ストップモーション」で、浮いている。それに4人しかいないし、同じ顔。(人間、木の形は、複数の写真を参考に描いた。)
当時の絵描きにはありえないデッサン力と解釈(捉え方)、それが、ルソーの絵をオンリー ワンとしたのだと思う。
ルソー本人は、「スポーツ風景」を描いたとしても、結果、それは「心象風景」となる。
人とは違う「ルソー独自の捉え方」、つまるところ、これが「絵ごころ」ってことじゃないかな。


クーニャ:3枚目の作品を紹介するのニャ。
この作品は「眠れるジプシー女」(1897/53歳)。ボクはこの作品が好きなのニャ。
ルソーさんは、この作品に並々ならぬ自信があったらしいのニャが、全く理解されず、評価は惨憺たるものだったらしいのニャ。



OKUAKI:これは、代表的な心象風景画といえる。
月夜の砂漠と山脈という空間設定、そして比較的リアルなライオン、トロピカルな衣装を着た人形のような女性、楽器、壷。
これらの意外な組み合わせが、静寂の中に、今までにはなっかった新たな美を創り出している。

くー太:なぜ、このライオンは、ジプシー女を食べないのですか?

クーニャ:これは、ルソーさんの手紙によると、「詩的な月のせいである」ということなのニャ。
ルソーさんの色は、とても心地よい響きを感じるのニャ。(ルソーは、音楽にも精通しており、ヴァイオリン、フルートを演奏していた)
実は、この絵を描いている時、息子のアンリが亡くなり、ルソーさんは一人ぽっちになっちゃうのニャ。孤独でお金もないのに、こんなにも魅力溢れる傑作を描き上げたのニャ!

くー太:ルソーさん、スゴイですね。
ルソーさんは、素人絵描きで、みんなから馬鹿にされていたのに、いつから歴史に残る絵描きとして認められたのですか?

クーニャ:それは、とても良い質問なのニャ。ルソーさんが世間に知られるようになるきっかけは、じつは、他でもないピカソさんなのにゃ。ピカソさんは、パリのモンマルトルの古道具屋で、ルソーさんの絵を偶然発見し,手にいれることになったのニャ。ピカソさんは、ただ同然で手に入れたこの絵を描いた画家を探しました。
この絵は「古キャン」として売られていたのニャ。古キャンというのは、貧しい絵描きたちが、絵を塗りつぶして使うキャンバスのことです。危うく塗りつぶされるところだったのニャ!ルソーさん、セザンヌさんなど、今では有名な絵描きさんたちの作品も有名になる以前は、古キャンとして塗りつぶされたりしていたの二ャ。ニャンともったいニャい! 
価値がわからないというのは、実に恐ろしいことニャ!!

間一髪、ピカソさんに救われた「女の肖像」(1895)ニャ!
  
「ルソーを讃える夕べ図」


1908年、探し出したルソーさんを絵描き仲間に紹介するため、ピカソさんは、あの有名な集合アトリエ「洗濯船」で、詩人であり美術評論家のアポリエールと共に、「ルソーを讃える夕べ」を催したのニャ。
「女の肖像」が、「ルソーを讃える夕べ図」の中央奥に掛けてあるのに気づいたかニャ?
その前にバイオリンを持って立っているのが、ルソーさんなのニャ。
この夜会は、美術史でも非常に有名で、ジョルジュ・ブラックなどの有名な画家や詩人がたくさん出席したのニャ。
そこで、ルソーさんを讃える詩などが読み上げられたのニャ!
実は、集まった人たちは、ピカソさんの冗談、パーティの余興だと思っていて、本気で彼を讃えるための会だとは思っていなかったらしいのニャ。
でも、ルソーさんは、世界一の絵描きになった気分で、心底喜んでいたそうニャ。

OKUAKI:ピカソは、大変な目利きで、ルソー以外にも何人もの絵描きを世に紹介したんだ。
ピカソは盤石たる基礎がある完璧な画家でした。対してルソーは、自分のイメージが全てでした。
ルソーは、絵を描きはじめると、現実と空想の区別がつかないほど、空想の世界に完全に入り込んでいたそうです。
ピカソは、自分に描けない何かを、ルソーの絵に見たのです。


クーニャ:ルソーさんの一生は、本当に可哀想なのニャ。子供のほとんどは、自分より先に亡くなるし、奥さんにも若くに先立たれ、貧乏続きで本当に辛い人生だったはずなのニャ。さらに晩年は、ルソーさんがお人好しなのを利用され、悪事を働かされ、牢屋に入ったりもしたのニャ。

くー太:ルソーさんの絵は、そんな「辛い現実」から逃避するための空想・妄想が生んだかもしれないですね。
ルソーさんは、そんな境遇でも絵への情熱を失うことなく、描き続け、史上最高の日曜画家といわれる画家となったのですね!

クーニャ:ピカソさんが「ルソーを讃える夕べ」を開いたのは、ルソーさんが亡くなる2年前、64歳の時なのニャ。
晩年にちょっと報われて良かったのニャ。この同年に、先ほど紹介した「フットボール」の作品を描いているのニャ。そして、ルソーさんが牢獄に入っていたのは、その前年ニャ。だから、ユニフォームが囚人服そっくりなのニャ!

OKUAKI:そうゆうことだったんだ!

クーニャ:ボクも空想大好きなのニャ。
ほらほら、ボクはこんなにスマートでカッコいい ネコしゃんなのニャ!

くー太:なるほど。
クーニャ部長は、空想を楽しんでおられたわけですね。
でも・・・そこは、現実を見つめたほうが良いかと思われますすが。

クーニャ:まったく うるさいのニャ。

今日も面白かったのニャ!
皆さん、最後まで読んでくれてありがとニャ〜。

最後になりましたが、クガニールの会員作品ページに、3月・4月の優秀作品も掲載したので、こちらもご覧ください。
次回も楽しみにニャ!スタンプ

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